2025年12月29日月曜日

脱サラ後39日目 元丸紅の方の話を聞いて再び活力が少し沸いてきた

残念ながら転職活動は本気で始めています。

これは保険の意味もありますが、その中で時間を持て余しているので副業の準備も

ある程度した12月。ビジネスの性質上、すぐに結果を出すのは難しいとアドバイスを

いただいたが、日本の製造業に役立てる/自身のやりたい仕事を楽しく実施/心から一生懸命になれる仕事は早々ないと、言っていただいたので

事業は追われません。

そもそもサラリーマンをやっていた時に、何故、その職場で仕事を楽しみながらできずに

我慢料として給料を受け取っていたのか、そこの本質を考えると

・決裁権が欲しかった➡昇進を目指せば良かった

・自身の戦略で物事を進めたかった➡管理職を目指せば良かった

・人を管理するより自身でマーケットを切り開きたい➡管理職は向いていない

このような事も要因の一つで起業に踏み切ったわけです。


責任も収入も全て、全て自己責任になるかわりに好きな事ができる。

これがスタートアップの神髄です。少し、経営戦略を修正して26年は動いていきたいと思います。副業で収入が安定すれば余裕がでてくるかなと思っています。

2025年12月25日木曜日

脱サラ後38日目 今年の仕事納めの日です。起業終了日かも・・・・

遂にこの日を迎えてしまいました。

本来なら来年からの本格稼働で意気揚々としている事を思い描いていた

12月の仕事納め。もはや転職サイトを見ている時間の方が長くなってきています。

12月最後の望みで営業をかけていたクライアントと契約が結べず

1年延期?リップサービス?になってしまったのが、本事業にとどめを刺す結果になりました。


今年の春ごろ、構想を実行に移し始めた頃は順調でした。

1社の契約が決定し。

2社目も50%まで進み。

3社目は是非やりましょうと言ってくれた。

そして勢いを止めずに4社目も営業し夏には具体化した話がでてきた。

しかし結果は

1社目の契約決定後に

2社目は、時期早々との事で流れ

3社目は契約内容変更をしてきて、契約内容があまりに不利だったので、こちらから断り

4社目は結局、1年後に再検討。

そして最後の望みをかけた5社目は11月から怒涛の営業で信頼は勝ち取ったが

来年再度、検討させて欲しいという結果だった。


4月時点では会社員収入もあり、なおかつ5社目契約できないぞと思っていたが

12月末に、ここまで全てのクライアントが消える形になってしまったのは

何故なんだろうか・・・・・

上手くいっている時でさえ、謙虚に謙虚にいっていたつもりでしたが

3社目を自分から断ったあたりから謙虚な気持ちがなくなったのかな・・・・

もはやアポすら取れなくなりました。


終わりです。

転職活動も年齢的に上手くいきません。

破滅です。


2025年12月24日水曜日

脱サラ後37日目 家にいると無駄が見えてくる

結婚後、僕は日中ほぼ会社にいて、自宅にいる事はなかったので

起業後、ほぼ在宅で過ごすようになり全然、気付かなかった妻の無駄が、

目に留まってストレスを感じ始めた。

妻からすると、余計な口うるさいのが、ずっと家にいると思う事だけど

光熱費含めて、全て僕が払ってきた、そして現在も妻はアルバイト程度の収入で

淡々とゆっくり暮らしている。そんな中でケチ臭い事は言いたくないが

以下は愚痴です。


・誰もいないリビングに朝から暖房がつけっぱなし

➡アルバイトから14時に帰宅するのが要因で朝9時には誰もいない部屋に

 暖房がずっと付けっぱなし、何度か注意して改善されないので「悪いけど自分で光熱費稼いで、勝手に付けっぱなしにして」と突き放した


・トイレの換気扇が常に回っている

➡先日、あまりに換気扇の音がうるさいのでDIYで自分で交換した、

でも原因は日中ずっと付けっぱなしになっている事だった。これは毎日付けっぱなしを

自分で消して、まだ我慢している。


・玄関ドアの鍵の調子が悪い

➡在宅になって気づいたが開け閉めが乱暴過ぎる。2Fで仕事をしている僕が

毎度、集中力を失うほどの勢いでドアを閉めるのだ。

鍵の調子が悪いから鍵を交換して欲しいと言われ➡却下した。お金があっても

キリがない・・・・


まだまだあるが書いている最中に、腹が立ってきたので、これまで。

もはや子供がいなければ結婚生活はきっと破綻していたと思う。

親が小金持ちだったせいか妻は、振る舞いは高収入ですが、会社員を実質やったのは

3年程で、しかも年上。だんだん養っていくのがアホらしくなってきた・・・・

上手くいかないと何もかもに苛立ちが・・・・悪い流れです・・・・

2025年12月21日日曜日

脱サラ後36日目 僕のはかない起業の夢は砕け散りました

どうしても取りたかった協業契約ですが昨日、ビジネスモデル自体は気に入って

もらい、経営者からの信頼もある程度は得た物の"資金繰改善を優先したい"との事で

協業契約は1年後ぐらいで検討したいと言われました。

この言葉は、ある意味で断り文句とも受けれますが、割と経営者も乗り気で

継続して情報交換はしたいので気軽に訪問してくれと言われましたが

契約もなしに情報提供だけを1年間も続けるつもりはありません。


日本の企業への貢献で始めた、本事業ですが、僕のビジネスモデルに

乗ってくれた経営者は2人でした。理由は、単純に僕の能力をある程度知ってくれており

こいつをこの人件費で雇うなら、格安と感じてくれたからでしょう。


残念ながら、日本人の経営者に僕のビジネスモデルを共感してもらう事は難しく

自分にも反省点は多々あるけど、日本の昭和体制の企業を成長させていくのは

難しく、もう勝手に売り上げも減少し利益率も下がって、潰れていったらと

思い始めています。

なので、方向性をシフトして外資に対して、自身のサービスを展開し

事業継続を狙う、本来の目的と異なる路線に舵を取っていこうと思っています。


何が悪かったのか・・・・・いずれにせよ、もうあまり時間も余力を使い切る事も

避けたいので、一旦、今の契約している会社の仕事は継続して

外資に就職を本格的に考えています。


非常に残念です・・・・

ちょっと心の整理が追い付かないので、文章が無茶苦茶ですが

今はそんな心境です。

2025年12月18日木曜日

脱サラ後35日目 弱気になると当初の目標など吹っ飛んでしまう。

 4カ月間、自分なりに色々な企業へ連絡をし、展示会などで新規のコネクション作りにも

励んでみたものの、新たな売り上げを生み出すことはできませんでした。

経費は交通費が中心に30万円程使いましたが、結局、それが売り上げを生み出す事は

ありませんでした。


逆に、外資へのアクションなども行いましたが、現在、日本進出を狙っている

欧米企業は少なく、僕の力が必要になる事はなさそうです。

日本市場に魅力がないのもそうですが、会社員時代にもっと繋がりを重視しながら

取り組むことを怠ったからだと思います。


構想5年以上、準備に1年、働きながら準備をするのは目が回る忙しさで

会社員退職時には、やっと本業に集中できると思い、意気込んだ9月、

もはや意気込みはなく、時間を弄ぶ暇さえでてきてしまっています。


忙しい師走時期と海外、特にアメリカがXmas休暇目前で動かない事もあり

はっきり言って、暇です。

今まで会社員の仕事、起業準備に副業、そして株式投資を同時にこなし

忙し過ぎた日々から会社員という1日10時間は拘束される物がなくなると

こうまで、時間が余るものなんですね。


暇ほど苦痛な物はありません。時間の経過が速いと感じたのは起業後1カ月間だけでした。

考える事を止めず、今の自分にできる事は何か・・・それを考える事すら放棄しそうな程の

絶望感です。


まだ面接ではないですが、転職サイトにも登録してしまいました。

本当にここで、僕の夢見た独立開業は早くも終わってしまうのか・・・・・

独身なら続けていたなと思い、家族のせいにしてしまいそうです・・・・他責思考。

それだけは考えてはいけないのですが、事実でもあります。毎月の生活費が

うちの家はかかる過ぎですが、パートの妻の給料では僕の会社員時代の税金補填ぐらいの

一本足打法の我が家・・・・

4カ月間を夢を見れたと思う方がいいのか、このまま貯金が尽きるまでやるべきか・・・・

こうゆう事は独身時代に始めるべきでした。

2025年12月15日月曜日

脱サラ後 34日目 夢を見れないサラリーマン

会社の後ろ盾があって、今まで自分が仕事をできていた。

自身で事業を始めて、それを常々、身に染みております。

もうダメかもしれない。

1社契約している以上は止められませんが、ここに来て打つ手がなくなってきた。


起業前の会社員時代の方が順調でした。

続けていれば道は開けると信じて努力を続けようと思っていますが

やはり、移す行動がなくなってきているのが現実です。

僕の事業は日本の製造業の海外進出に非常に貢献できると思って始めました。

それが自分が日本という国に社会貢献もできると思っていましたが、

今まで、色々な人が話をしてくれたり、頼ってくれていたりしたのは

自分が所属していた一部上場企業や1000人を超す従業員の会社などのバックグラウンドが

あってこそだったのかもしれません。

家族を路頭に迷わせるわけにはいきません、期限としていた12月。つまり

4カ月もがいて目がでないのであれば、これ以上もがいても無駄。と思ってきています。


何より、あれほど忙しかった日々から、時間が有り余る平日を過ごすのが

自分では耐えられません。多忙に働いてなんぼの40代。自身のスキルもドンドン錆びついて

いくような気がして不安で仕方がない。

これで終わっていいのか!?という疑問は付きまといますが、正直、一生、一度は

起業したいと思い続けるより、それを実現させたのは人生の中での後悔しない

生き方をしている自分としては良かったですが、やはりキツイ。


本当にしんどいタイミングを迎えています。

2025年12月13日土曜日

脱サラ後 33日目 時間ができたので何か趣味を始めたい

 会社員時代は月-金で全ての体力を消費。

土曜日は家事と子供と遊ぶ、日曜日は夜だけ副業と、全く自分の

趣味などに充てる時間も体力もなかったのですが、やはり起業後は収入源と反比例して

自由な時間は増えました。

一応、今、検討しているのは

・ジムに通う

・釣り

・草野球

・サイクリング

この4つぐらいです。

釣りは温かい季節専門で既にやっており、平日もやるには車が必要なので

今は難しいですが、将来的にやりたい。

ジムはありきたり過ぎるし、大体、起業した人が真昼間に通っているイメージ。

草野球かサイクリングですが、やはり人との繋がりが減ったので

草野球の方をやりたいですが、これは土・日が潰れてしまいそうなので考え中ですね。


2026年は何か始めたいなぁ。

2025年12月11日木曜日

脱サラ後32日目 転職オファーの連絡に心が揺れる

 この年内に事業の売上を軌道に乗せて年明けから本格的に

収入が安定し取り組んでいく事を目指していますが、進捗はまだ30%程で

年内に目標としていた100%は、到達不可能な状況で、前から登録していた

転職サイトから、凄く魅力的な仕事のオファーがありました。


フルリモートが可能な求人で、管理職、さらに商材も自身が過去に扱っていた

分野であり、知っている会社です。

条件も年収1000万円以上が見込めるため心が揺らいでいます。

現在、本業の年収は180万円に満たない、最悪な状態です。

かなり心が揺れています。とりあえず採用面接だけでも受けてみようかと

本気で思っています。


一つ懸念点は、昔の会社の競合になるので、必ずどこかで昔の会社の人間と接点ができ

ライバル会社に行ったと裏切りの烙印を押される事が、気になる所ですね。

基本的に円満退社で、前職の上司とは年に1回食事にも行くレベルなので

裏切ったと思われると、非常に遺憾ですが、事実なので言い訳はできません。

こんな気持ちで事業を続けている時点で失格かもしれませんが、家族を持っていると

どうしても焦ってしまいますね。

後20日ないですが、売り上げの見込みが立たない場合は廃業も含めて

本気で考えないといけないと思っています。

2025年12月7日日曜日

脱サラ後 31日目 収入源を複数確保しておく

 起業前の会社員時代に注力した事は、現在、本業にしている事業の準備もですが

いかに副収入の収入源をたくさん作っておくかという事も非常に重要です。

僕の場合、投資や民泊などで、大体年間150万円ぐらいの副収入源を10年かけて

形成してきました。

それが今、非常に助けとなっていますが、その中でも年間6万円にしかなっていませんが

今年、初めてBLOGの広告収入が軌道に乘ったのは一番嬉しかった一つです。


このBLOGは始めたばかりで、全く収入にもならず、起業後の本音をぶつける

アウトプットにしか使っていませんが、別で10年以上続けているブログは

毎月の訪問数が約2000人、とまだまだのブログですが収入になってくれたのは

嬉しかったです。

会社員時代、適当にしか書いていなかったのですが、読者目線で記事を書くと

見てくれる人も変わるもんだなと、つくづく思います。

本業を軌道に乗せないと、いずれにせよ廃業で終わりですが

副業をやっている事の大事な部分を改めて感じました。

2025年12月4日木曜日

脱サラ後 30日目 投資で何とか収入を維持しようと考えてしまう

年収が恐ろしいぐらい下がり、少しでも貯金の減少スピードを下げるために

投資などに注力すると、必ず、その貯金の減少スピードは加速する悪循環に陥ると思う。

とにかく本業で結果をだすために9-12月の4カ月間動いてみたが、結果は出なかった。


年内で結果の芽が見えないなら、大やけどをする前に早々に起業なんか辞めて

諦めて、会社員に戻ると起業前から逃げ道として考えていた。

その時間が刻一刻と近づいている。

社会人最大にして最高リスクのこの挑戦。あと20日で今年でほぼ終わろうとしている。


起業なんで夢見たのは馬鹿だったのかな・・・・と最近、寝る前に考えると

疲労もないのか、なかなか寝る事ができなくなってきた・・・・

できることを20日間精一杯やるしかないけど、もう折れそうです・・・・

2025年12月3日水曜日

脱サラ後29日目 本当の幸せに気づきたい40代

 30代中盤から"幸せ"に関して、よく考えるようになりました。

この尺度は完全に人それぞれの価値観で変わります。それが、いつも行きつく

結論なんですが、どうしても他人と自身を比較してしまうと、そうもいきません。


例えば、会社員時代の最高世帯年収は900万円に近い所までいきました。

地方なので少し贅沢しても余裕で年に2回は国内旅行ができました。

それでは当時、凄く幸せだったかというと・・・・そうでもなかった気がします。

休みまで耐えて、休みを満喫➡仕事で地獄➡疲労困憊➡休みまで耐える

このルーティンでした。

当然、睡眠時間を除くと社会人になってから仕事の人生の割合は約30-40%なので

仕事を"耐える"では幸せを感じる事はできないと思います。


では今はどうか、たしかに仕事で"耐える"はなくなりました。

いつか来るであろうと、夜明けを信じて全力でやるのみです。

ただ一方で、週末や休みが待ち遠しくなくなりました。

それは仕事が耐えるものではなくなったからです。

そのうえで毎日の限られた子供との時間は、より濃い物にはなっています。

なにより疲労困憊で帰宅しない、尚且つ、週末に疲れを引っ張らない生き方は

素晴らしい生活が送れます。


なので、何とか今の事業を軌道に乗せて、何もかもを上手くいく方向に持っていきたい

今はそれだけです。今年も残す所1ヶ月を切りました。

まだまだ、考えを止めるわけにはいきません。

再就職後5日目 地獄の生活に慣れてきて、面白さと徐々に信頼を勝ち取れるようになってきた今日この頃

 地獄の期間がようやく、過ぎ去り始めて、忙しいのは変わりなく 日々自分が進めたい事は停滞したままですが、再就職先の仕事に慣れてきた感はあります。 すっかり、週末に仕事をするのが癖になってきてしまっており。 逆にやらないと不安になるのが、嫌な環境です。 とはいえ給料ベースで考えると...